UNDO 七話








グリップの握りを確かめていたユースは溜息をついた。

「どうしたの、ユース?」

無邪気な表情のカナリアに彼は肩をすくめて見せた。

「やっぱりオレの手に合わない」
「あら。千葉まで行って巻いて貰う?」

冗談のように言うカナリアにユースは「そうしたいね」と返した。
グリップは自分の手にしっかりフィットするものでないと。
あの人がもしもまだ生きていたら巻きなおして貰えるのだが、何しろ高齢なのでいつポックリ逝っていてもおかしくはない。
いや、あの人ならば向こう10年死にそうにないが。

「別に支障があるわけじゃないし、これでいいよ。当面はね」
「そう?ちゃんと手にあったものを使わないと勝てる勝負も落としちゃうわよ?」
「別に、これと言って勝負自体に執着してるつもりもないし」

ユースの言葉にカナリアはちょっと怒ったような声を出した。

「ユースは私と打ち合う時に勝とうと思っていないのね。それで私に勝っちゃうなんて、才能をくれた神様は不公平だわ」
「そうじゃなくて・・・・・・」

ユースは首を振った。
カナリアは彼を見て言った。

「分かってるわ。ユースが一番執着している勝負は、私たちとの勝負じゃない。あの人たちとの決着でしょう?」
「・・・・・・」
「前に日本に来た時はダメだったけれど、でも、今なら・・・・・・」
「それはカナが決めることじゃない。オレが決めることだよ」

一歩店を出ると照りつけるような太陽が眩しかった。
ユースは目を細めて歩き出そうとした。
そこへ―――

「うわっ!」
「!」

店の角から出てきた誰かがユースと思い切りぶつかった。
相手の少年は派手に転び、ユースもその巻き添えとなってしまった。

「いってェ・・・・・・!わ、悪い!大丈夫か!?」
「ッ・・・・・・平気ですけど・・・・・・」

目を開けたユースは驚いて硬直してしまった。
自分に覆い被さるようにしている少年に見覚えがある。
氷帝学園の向日岳人だ。

(まずい・・・・・・!)

今のユースはカラーコンタクトをして髪を染めているだけだ。
これだけの至近距離で顔を合わせたらばれかねない。
ユース・セレナーデの正体に―――――!

「あ・・・あれ・・・?」

岳人はユースの顔を見て首を傾げた。
どこかで見た顔―――どこで?

ふと頭の中で『彼』を思い出したとき、ユースは慌てて岳人の下から抜け出そうとしているところだった。
岳人はユースの両肩を掴んでそれを止める。

「待てよ!」
「待たないッ!」
「暴れるなって!」
「離して!」
「離さない!お前―――」
「!や、止めろ!こんなところで!」
「何がだよ、ふざけんなよ!お前、ユースってやつのはずだろ!?」
「そうだよ、だから何!?」
「ユースが何で『アイツ』に似てるんだよ!」
「人違いでしょっ!いいから離して!」
「離さねーよ!」

「・・・・・・あの・・・・・・ちょっとよろしいでしょうか?」

二人が大声で怒鳴りあっているところへカナリアが控えめに声をかけた。

「あまり大きな声でお話されると、皆さんにご迷惑がかかると思うのですけど・・・・・・それに、ここは通りですし、あまり仲のよろしいところを見せ付けられても困ると思いますよ?」

言われて二人は今の状態を理解した。
岳人はユースの上に乗りかかっている。
=岳人がユースを押し倒しているような状態。
しかも話している内容は聞きようによっては勘違いされるだろう。
現に通行人の何人かは意味深な視線でこちらを見ている。

真っ赤になって身体を離す二人。
カナリアはにっこりと笑ってユースに手を伸ばした。

「大丈夫?ユース」
「・・・・・・いろんな意味で大丈夫じゃない」
「そう。お怪我、ありませんか?」

カナリアは複雑な表情でユースを見ると、岳人に向き直って微笑んだ。
岳人はカナリアを見てちょっと頬を染めたが、頷いた。

「大丈夫・・・です・・・・・・って、それよりお前!」

岳人はユースの腕をきつく掴んだ。

「ッつ・・・・・・」
「どういうつもりだよ、越ぜ・・・・・・っ!?」

旧に岳人が黙ったかと思うとそのまま気を失ってユースのほうに倒れこんだ。
ユースはまた下敷きになりそうな予感がしたが、それより早く岳人の身体が宙に浮いた。

「何をしている?」
「麗悟・・・・・・?」

岳人の体を腕一本で支えているのは麗悟だった。
察するに、彼女が岳人の首筋に手刀でも食らわせたのだろう。
ほんのわずか岳人に同情しながらユースは彼女に尋ねた。

「何でここに?」
「ああ・・・・・・用が一つ済んだからな。それよりこれはどういうことだ?」
「どうもこうも・・・・・・出かけたら、バレた」
「バレた?こいつに?」

麗悟は「こいつ」こと岳人の顔を覗き込んだ。

「・・・・・・どこかで見たことがあると思えば、氷帝か」
「麗悟ちゃんの知り合い?」
「いや、中学3年の時に見かけた。応援席でやたらと跳び回っていたからな。記憶にある」

カナの問いに答え、麗悟はユースを見た。

「放置しておいて問題はないと思うか?」
「その人・・・口軽いよ、絶対。放置しとけば完全にばれかねない。跡部さん呼んでなんとかしてもらいたいんだけど」
「景吾に今すぐ連絡がつくと思うか?とにかくこいつはホテルに監禁する。いいな?」

二人の返事を待たずに麗悟は岳人を担ぎ上げた。
岳人が比較的身軽とはいえ男子高校生(3年)を片腕で担いで肩に乗せるところを見ると、ユースは改めて麗悟とは揉め事を起こさないようにしようと思うのだった。

















あとがき

がっくん!がっくん!と言うわけで、おそらく氷帝一、カマかけに弱く嘘がつけない男・向日岳人君の登場です。
監禁とか物騒なことを言ってはいますが、彼が変なことを言わない限り東京湾に沈められることはないでしょうね(ぇ)
次回、ついにリョーマ側の人間が出揃います。多分。