UNDO 四話






空港から外に出た途端、暑い日ざしが降りかかってきた。
日傘を差す観月の横で不二は懐かしそうな顔をした。

「日本に帰るのも久しぶりだね」
「ええ」

実に何ヶ月ぶりに母国の地を踏む二人は懐かしい思いを胸にする。
しかし、五分と歩かぬうちに照りつける太陽と蒸し暑い気候に嫌気がさし、懐かしい思いなど吹き飛んでしまった。

「・・・・・・さっさと帰りましょう」
「・・・・・・そうだね」


















「ふ〜じ〜ぃっ!おっかえりーッ!!!」

青春学園高等部の門をくぐった瞬間、不二の肩に赤毛の何かが落ちてきた。
それが人だと気付くまでにかかった時間は0.5秒。

「ただいま、エージ」

この数ヶ月でまた背が伸びたようだ。
不二は菊丸の髪を撫でてそう思った。

「はい、お土産だよ」

今全米で大ヒット中のクッキー。
甘いものが好きな菊丸のためにといくつか買ってきたものを渡す。
菊丸の顔が嬉しそうに緩む。

「うわぁ、サンキュー!不二!」
「うん。他の皆はテニスコート?」
「そうだよん!オレが代表で迎えにきましたー!」
「一番に周助に抱きつきたいだけじゃなかったんですか?」

観月がさらっとそう言い、菊丸の横を通り抜ける。

「・・・・・・相変わらず、嫌な奴〜・・・・・・」

菊丸はそう言って頬を膨らましたが、不二はそんな彼らを笑ってみていた。
久しぶりに、こんな微笑ましい光景を見た気がする。



テニスコートではこの暑さにも負けずに皆が元気に部活をしていた。
観月と不二、それに菊丸がテニスコートに入っていくとそれに気付いた大石が声をかけてきた。

「やあ、不二!観月!」
「え?帰ってきたんスか・・・・・・?」
「なんです、そのあからさまに嫌そうな声は?」

大石の相手をしていた神尾は観月を見て引き攣った顔を浮かべていた。
二人はお世辞にも仲がいいとは言えなく、神尾はなんとなく観月を敬遠している節があった。
中学時代に観月が裕太の選手生命を壊そうとしたことが結構印承に残っているのかもしれない。

「・・・・・・いいですけど、別に」
「やあ、観月」

乾が観月に声をかけてきた。

「あっちでカナリア・ローラントに会ったって?」
「ええ。じかにプレイを見られるなんて、とても幸運でしたね。勿論データはボクの頭の中に入っていますよ」

羨ましいだろう、と言うように観月が言うと乾の眼鏡が光った。

「そうか・・・・・・実はオレも興味深い選手のデータを手に入れてね」

そう言って彼が取り出したのは一つのノート。
高校に入ってから乾のノートは校内選手図鑑、○秘別冊柳ノート、他校選手図鑑、その他気になるアマチュア選手図鑑、それにプロ選手図鑑と種類が増えた。
彼はその他気になるアマチュア選手図鑑を取り出した。

「雲雀麗悟という選手なんだけどね」
「そうそう不二!一週間ぐらい前にレイ先輩来たんだよ!」
「え?」

乾の声を遮るようにして菊丸が言った。
不二は首をかしげる。

「雲雀先輩が?」
「そう!」
「オレ達も驚いたよ」

河村がそういうと何故か全員が遠い目をした。
不二は瞬時にその意味を察した。
彼女が現れた時、何かしらトラブルが起きることを思い出したからだ。

「・・・・・・なに?雲雀先輩、また何かしたの?」
「・・・・・・となりに男がいた」

手塚が頭を抱えて言った。

「ええ?確か昔は大和部長と付き合ってたんじゃ・・・・・・」
「そのあと、変な軍隊関係のような人と付き合ってたまではオレも記憶にあった」

手塚や不二達が3年生に進級してから3ヶ月ほどたったとき、突然彼女は現れたのだ。
その際、例によって菊丸と対戦し彼の顔面に打球をぶつけていた(偶然にも桃城とリョーマは部活をサボっていた)。
その隣にいる見た目「某芸人の『後ろの人』になれそうな男」が誰か訊ねた時に麗悟はにこりともせず言ったのだ。
「現在の恋人」と。

「それが、また別の・・・・・・しかも知り合いをつれてきた」
「もしかして、跡部君ですか?」

アメリカであったことを思い出した観月は手塚に聞いた。
跡部とさくやが名前を出した雲雀麗悟。
もしかしたら跡部が一緒にきたのかもしれない、と考えたのだ。
すると手塚は首を振った。

「いや・・・・・・一人はそうだが、もう一人は違う」
「二人いたんですか?」
「ええ。その時は立海の幸村さんと一緒だったんスよ」

桃城がその時の様子を思い出しながら語った。



―――――――――――――――――――――――――――

『オイ、そこの』
『はい?』

突然呼び止められ、桃城は振り返った。
そこにいたのはモデルと見紛うばかりにスタイルのいい女性。
青い髪にバンダナを巻いている。

『テニス部か?グラウンドはどこだ?』
『は・・・・・・えっと、グラウンドは部外者は立ち入り禁止で・・・・・・』
『構わん』

女性はつかつかと桃城に近づいた。

『久方ぶりに手塚達の顔を見にきただけだ』
『手塚部長の?』
『そうだ。案内しろ』
『ちょっ・・・・・・けど!』
『何だ・・・・・・案内しないなら腕ずくで聞くぞ?』

女性がそう言った瞬間、桃城は自分の身体が反転するのに気付いた。
次に感じたのは背中から地面にダイブした痛み。
投げ飛ばされたのだと気付いたのはそれから数秒経過した時だった。

『なッ・・・?』
『麗悟!何をしているの!?』

聞き覚えのある声が聞こえてきた。
体を起こすと立海大付属高校の現部長、幸村精市が走ってくるのが見えた。

『人を投げ飛ばすなんて・・・・・・』
『口を割らせるにはこうするのが手っ取り早い』
『それは麗悟の高校がそうだっただけだろう?すまない、桃城君。大丈夫かい?』
『ゆ、幸村さん?』
『・・・・・・知り合いか、精市?いや、知り合いでないほうがおかしいな。この年ならば・・・・・・』
『青学の2年レギュラーだよ、麗悟。桃城君、こちらはボクの恋人の雲雀麗悟。手塚たちの知り合いだから警戒しなくてもいい』

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「・・・・・・で、案内したら、跡部さんがあとからきたんスよ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・へえ、桃、吹っ飛ばされたんだ」
「ご愁傷様です」

容易にそれが想像できた不二は心底哀れそうに桃城を見た。
観月は棒読みだ。

「そう、とにかく、彼女はプロとして登録はされてはいないもののテニスプレイヤーとして一流でね。世界ランク30位ぐらいには入る実力の持ち主だ」

乾の眼鏡が光った。

「データ、欲しいだろう?」

観月は笑い返すと(何故かその時神尾達の背筋を冷たいものが走った)、どこからともなくノートを取り出した。
紫の表紙のそのノートには『○秘データ』の文字がある。

「有益な取引ですね」
「まったくだ」

「さあ、練習を再開するぞ!」

黒いオーラが渦巻く二人を放っておいて、手塚は部員たちに指示を出した。
























東京から飛行機で一時間と少し。
さらにそこから車で1時間半。
閑静な住宅街に不釣合いな、500坪はあろうかと言う豪邸が見えた。
そして、その豪邸の車庫には黒塗りの高級車。
一見すればその関係のように見えるこの家。
その中で幸村と跡部が向き合っていた。

幸村の横にはこの家の現当主がゆっくりとお茶を啜っていた。
まるで、自分はこの二人と話す気はない、と言うように。

「・・・・・・つまり、お前は何もかも知っているわけだな、幸村?」

最初に跡部が口を開いた。
幸村は答えず、跡部をじっと見ている。

「いつ知ったんだ?ニュースソースはお前か?」

跡部は不機嫌そうな声で当主に尋ねた。
当主は湯飲みを机に置いた。

「我は関係あらず・・・・・・とも言えぬな。まったくの無関係にはあらず。しかし・・・・・・」
「それを『知る』には、僕にとっては充分だった」

幸村が当主の言葉を継いだ。
跡部は苦い顔をしている。

「何のためにわざわざこんなことしてんのか、わかってんのか、お前?」

当主は心外といわんばかりに跡部を睨みつけた。

「勿論承知している。でなくば、わざわざ竜崎先生に頭を下げに行く理由が見えぬだろう?この我が、だぞ?」
「そんならなんで幸村に悟られた?」
「跡部、僕は・・・・・・」
「もし幸村がばらしてみろ。何のためにオレ達がここまでしてきたんだ?」
「精市が信頼できないのか、景吾」

当主はイラついたように跡部に言った。

「景吾のいる氷帝、我が見られる青学、誰も見張ることのできない立海・・・・・・精市がいれば、立海も押さえられる。我らが計画、上手くいく」
「逆にそれがばらしちまう結果になったらどうするんだ?」
「決してばらさぬと精市は言った」
「口約束だろ?誓約書書いたわけじゃねぇ。第一、本人が幸村が知ることを望んだのか?」
「ヤツに了解はとった」

表面にこそ出さないが、二人が次第に険悪になっていくのを感じ取った幸村は微笑んで静かに言った。

「誓約書は書いてないけど、血判状ならやった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

跡部が絶句して当主を見た。
病弱な幸村に血判状とは。
当の本人達はいたって涼しい顔をしている。

「なに、誓約書よりも血判状の方が一般的と思っただけだ」
「それはお前の感覚だ。普通、血判状なんてやらねえよ」

さらりと言ってのける当主に跡部は諦めたように軽く溜息をついた。

「・・・・・・幸村」
「何?」
「アイツと会ったか?」

『アイツ』が誰を指すのかわかっていた幸村は頷いた。

「『彼』だけじゃない。花月、薙原、沙島、ローラント・・・・・・4人にも会った」
「そうか・・・・・・」

「別にオレがいいって言ってるんだから、精市さんのこと認めてあげればいいんじゃない?」

襖の向こうから少年の声がした。
跡部と幸村は驚いて声のした方向を見る。
そこにいたのはユース・セレナーデだった。
当主だけは大して驚く事無く再び湯飲みを持った。

「我の屋敷に断りなく入るなといったはずだぞ?」
「だって、顔パスじゃん。第一、ここの人に断りいれてたら10分ぐらいは待たされるでしょ?」
「そーいうこと」

ユースのセリフを継ぐようにしてもう一人の少年の声が聞こえた。
沙島さくやだ。

「よ、久しぶり」
「お邪魔してます」

そのさくやの後ろからひょっこりと顔を出したのはカナリア・ローラントだ。

「あっ、やっぱり精市君も来ていたのね。こんにちは。景吾君も、お久しぶり」

礼儀正しく頭を下げるカナリアに、幸村も軽く頭を下げた。
跡部は手を上げてそれに応えた。

「姐さん」

カナリアの後ろから黒いスーツに身を包んだ剃り込みの男がドスのきいた声で当主に話し掛けてきた。

「姐さんに、お客人です」
「橙華と桐奈か?」
「はい」
「通せ」
「承知しました」
「それと、人数分の茶を」

当主は慣れた様子で指示を出す。

「へえ、板についてきたじゃねーか、組長姿」
「当然だ。我が組長の座についてからもう数ヶ月もたつのだぞ?毎日、遊んで過ごしているわけではないからな」
「何を偉そうに。組長についているといえば聞こえはいいが、その実は無職だろ」
「組長という言葉自体、聞こえがいいとは思えないよ」

跡部と幸村は笑ってそう言いあうが、普通の人間とは無縁の会話だということを二人ともうすうす感じていた。
大体、一般的な生活の中で組関係のものと知り合う方がどうかしていると思わざるをえない。

「で?今日は何の用だ?橙華と桐奈がくることは聞いていたが、お前たち3人のことは聞いてはいない」

当主が厳しい目でカナリアたちを見た。
カナリアとさくやは互いに顔を見合わせた。
カナリアが申し訳なさそうに言う。

「ご、ごめんね。どうしても報告しなくちゃいけない事態になっちゃって・・・・・・」
「あれは全部カナが悪いんだから、オレがわざわざくる必要もなかったんだけど」

ユースが弁解がましく言うが、跡部がそれを鼻で笑った。

「何言ってやがる。お前がカナから目ェ離さずにさっさと連れて行けばよかったんだろ、あの場合」
「・・・・・・あんなところで喋って、下手したら声でばれるじゃないっスか、跡部さん」
「何の話だ?」

話がつかめない当主に跡部が簡潔な説明をした。

「アメリカで不二と観月に会った」
「・・・・・・」

さすがに当主も驚いた顔を見せた。
跡部が大げさに溜息をついてみせる。

「予想の範疇外だったろうが、こんなこと?」
「しかもカナ、ちょっとだけ喋っちゃったらしいよ」

ユースは別に責めるつもりで言ったわけではない。
しかし、カナリアは項垂れてしまう。

「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
「テメェ、ユース!カナ責めんじゃねぇ!」
「我の家で騒ぐな、さくや」

さくやはユースに殴りかかろうとし、当主が一声でそれを諌めた。

「・・・・・・そのことは、橙華と桐奈が来てから話せば良い」
「精市君の事も?」

カナリアが聞くと当主は頷いた。

「本気で幸村を引き入れる気か?」

跡部はまだ納得できないといった様子で当主を睨みつけた。

「お前が反対する理由は、単に精市が気に入らぬだけと見えるが?」
「・・・・・・」
「オレは幸村さんが仲間になってくれることは嬉しいんスけど、跡部さん」

ユースが当主を庇うように言った。
跡部は暫く黙っていたが、やがて降参したように両手をあげた。

「好きにしろ。けど、どうなってもオレはしらねーぞ。お前が面倒見ろよ、麗悟」
「勿論」

当主――――雲雀麗悟は満足そうに笑った。








あとがき

組長・雲雀麗悟ちゃん登場。
彼女は母親と早くに死別し、父親を数ヶ月前に亡くし、それから組長を継いだのです。 跡部の会社のバックについているのが麗悟の組なので跡部とは顔見知りなのです(My設定)。 樺地とも知り合いです。
そしてプロローグで手紙を持ってきたのも彼女です。 残る仲間はあと二人。